Vol.41 Yonen Takano Georgia

今回のダンサーの宝箱は、ニーナ アナニアシヴィリ率いるジョージア国立バレエ プリンシプルダンサー高野 陽年さんです!



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ニーナ アナニアシヴィリ率いるジョージア国立バレエはダンサーは65名、その内日本人は5名。

ジョージア,イギリス、アメリカ、イタリア、ポルトガル、パナマ、スペイン、ベルギー、オランダ、日本、フランス,などのダンサーが所属する国際色豊かなバレエ団です。


さっそくですが、どんな仕事場ですか?101.png 

120年以上の歴史を持ち伝説的なバレエダンサー ヴァフタング チャブキアーニ、ミハイル ラブロフスキーなどがこれまでバレエ団を率いてきましたが、現在は絶対的カリスマ、ニーナ アナニアシヴィリがリーダーシップをとって舵を切っています。

クラシック、ヴァフタング チャブキアーニによるオリジナルバレエ、バランシン、ラトマンスキーやポソホフによるネオクラシック、キリアンなどのコンテンポラリーがレパートリーにあり、ヨーロッパ、アメリカ,日本などへも精力的にツアーを行なっています

バレエカンパニーの平均年齢が低くアットホームな雰囲気ですが、帝政ロシア、ソ連時代から受け継がれてきた伝統を大切にする厳しさも同時に感じます

プロフェッショナルカンパニーですが学校のような厳しい指導を受けることも多々あります。


2013年にダンサー夏見亜友子さんにインタビューをさせていただいたとき、ニーナ・アナニアシビリは芸術監督としてどのような方ですか?という質問に、「現役である彼女は毎日のクラスを団員と共に受けています。その中で若いダンサーの育成のために彼女自身がお手本になり踊って見せてくれたりします。」とおっしゃっていました。今も変わらずそうでしょうか?101.png

54歳になる彼女は今でも現役で、クラスも共に受けています。クラス中に後ろからずっとコレクションをもらうこともあり、気が抜けません。



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一日のスケジュールを教えてください。

11時から1時間15分のクラスが始まり,18時までリハーサルがあります。スケジュールは個人の踊る役によって違うのでなかなかお昼休憩を取れない時もあって大変ですそのほかのガラや他のプロジェクトの仕事は18時以降に稽古をし、週2回朝から9時からアーリーワークアウトを日課としています




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どのようにして今のお仕事の夢をつかみましたか?

現在のジョージア国立バレエに在籍する前はサンクトペテルブルクのミハイロフスキー劇場でナチョ ドゥアトの下三年間キャリアを積みました。ナチョがミハイロフスキーを辞め、ベルリンへ移る際に僕も次のステップへ進みたいと思い、ソロを中心に踊れる場所を探していました。リトアニアやハンガリー国立バレエからオファーを貰っていた中、ニーナ アナニアシヴィリが格別のオファーですぐに中心ダンサーとして踊ってほしいと誘ってくれたので即答でジョージアへ飛び立った次第です。


その成功の鍵はなんだったと思いますか?

全てが必要だと思います。身長や体格などの身体条件、振付家や監督の要求するものを理解して体現するセンス、日々の鍛錬を怠らない努力。

そして出会いやその時の状況などの運が重要です。

「体現するセンス」というのがダンサーらしい表現だなと思います。101.png

体現という言葉は別の分野の方も使われている言葉かと思いますが、ダンサーはまさに字のまま、体で表現ですよね。



海外で活動をする理由は何ですか?

言葉を必要としない身体表現という芸術であるバレエの場合、身体一つで世界を股にかけて活動することができるという楽しさがあります。舞踊言語というものは世界共通でどこへ行ってもいい踊りは評価されるし、通じ合えるものがあると思う。良い悪い問わず評価を受けるんだっだら、とこか特定の場所だけではなく、世界の色々なところで受けた方がいいじゃないですか。これは自分へのチャレンジでもあるんじゃないかな

日本はヨーロッパからもアメリカからも遠いのでなかなかそういった環境に身を置くことが難しいし、カンパニーの仕事だけで生活して行くことは、いくらすばらしいダンサーでも厳しい。純粋にバレエに情熱を捧げられる環境としては海外の方が良いと思う。



どこに留学されていましたか?

ワガノワバレエアカデミーで待山とともに伝説の教師ボリス ブレグワーゼに師事しました




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ボリス ブレグワーゼさん、待山さんのインタビューでもお名前があがっていましたね。

ボリス ブレグワーゼさんは、実際にどのような指導をされる方でしたか?

まさに鬼教師でした。1時間位上ジャンプのコンビネーションがあって、顔や手のポジションに特別うるさかったです。毎日クラス前に胃が痛くなるほど緊張したのを覚えています。クラスでは何度殴られたことか。ロシアでも最近は体罰は問題視されていますが、ブレグワーゼだけは特別許可が下りていましたね。バリシニコフやヌレエフが学生時代からワガノワで教鞭を振るっていた方ですから。けれども実はとても良いおじいちゃんで、厳しい指導の裏に愛情を感じられたからあそこまで辛いクラスを乗り切れたのだと思います。



バレエを始めたきっかけは何ですか?

熊川哲也さんの眠りの森の美女をテレビで見たのがきっかけです。幼心にバレエの魅力にとりつかれたようです。


いつプロになりたいと思いましたか?

高校生の時にワガノワに短期留学をした事で意識しました。それまではプロになれるとも思っていなかったです。



プロになりたいと思い、プロになるためにまずどういうアクションを起こしましたか?

やはりプロになるんだったら海外に行くのが手っ取り早いんじゃないでしょうか?日本ではバレエダンサーがプロフェッショナルとしてなかなか認知されていないので。


日本で踊ることと海外で踊ることの違いは何だと思いますか?

打ち込める環境がある事だと思います。バレエ界のトレンドを肌で感じる事ができることも優れている点です。ダンサーは常に進化しなくてはならない存在であると思うので



日本人ダンサーと海外のダンサーの違いはありますか?

日本人は木を見て森を見ず、外国人は森を見て木を見ず、、というところがあると、私自身は思う時があります。。

日本人ダンサーはとても上手いのに自信なさげに踊っているイメージがあります。謙虚を美徳とする国柄のせいかもしれません。海外のダンサーを自分は最高だと思って踊っている人が多いですね。でもお客さんは自信たっぷりのダンサーの方が見ていて清々しいかもしれません。



ダンサーとして思い出に残っている仕事は何ですか?

2017年の3月に東京文化会館で行われたニーナアナニアシヴィリのガラに出演した事です。小さい頃から憧れていた舞台でアナニアシヴィリという憧れのダンサーと踊りました。この舞台の為にアンドリス リエパとリハーサルをし、映画中継やテレビカメラの入る緊張感のもと、プリンシパルダンサーとして舞台を全うしました。その際にマルセロ ゴメスに特別に認められて57月には彼と働く事になりました。ヨルマ エロがマルセロの為に作ったソロを特別に踊らせてもらう事をマルセロに手配してもらい、ダンサーとしてこの上ない経験させてもらったと思います。




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大切にしている宝物は何ですか?

受け継がれる伝統 バレエは人から人へと受け継がれていく伝統芸能のような側面も持つと思います。

僕はワガノワバレエアカデミーでワガノワが学校にいた時代に生徒として研鑽を積み、バリシニコフを教師としてワガノワで見守ったボリス ブレグワーゼに師事し、ミハイロフスキーではナチョ ドゥアト、アンドレイ バタロフに主に指導を仰ぎ、ジョージアのバレエ団に入ってからはアンドリス リエパ、マルセロ ゴメスから作品を教えてもらう機会があった。それぞれ彼らは突然キャリアを積み上げたわけではなく、自分の才能の上に先人たちが築き上げてきた伝統や経験を継承してきたわけであります。それらを僕がそれぞれの偉大なダンサーからも受け継ぐ事が出来た事が何よりの宝物だと。彼らから学んだ事、受け継ぐべき伝統や経験を自分の中で噛み砕き、高野陽年というダンサー像を自ら形創っていかなくてはなりません。そしてさらに彼らから受け継いだものを次のダンサーに受け渡すのも僕の役目でもあります



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仕事以外の時間は何をしていますか?

食べる事が趣味です。料理や美味しいレストランに行く事が息抜きです。身体に良い食材を調べてトライする事が自己満足に浸れる楽しい時間。とか言いつつも世界の中のビールを飲み比べる事が趣味とか言う矛盾した事も好きなんです。ダメですね。



ダンス以外で得意なことはありますか?

拙文ながら月刊誌「美楽」にエッセイを連載しています。連載50回を超えました


そうなんですね。

専門的なお話がたくさん聞けそうですね。101.png



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先人たちが築き上げてきた伝統や経験を偉大なダンサーからも受け継ぐ事が出来た事が宝物、

そのようにとらえることができる陽年さんの感覚がすばらしいと思います。101.png

日本でも踊る機会がたくさんあるという陽年さんの舞台を、皆さんも機会があればぜひご覧になってみてください!



さて、次回のダンサーの宝箱のバトンはどなたが受け取ってくださいますか?

ベルリン国立バレエ 菅野茉里奈です。

菅野は出身バレエスタジオ、木村公香アトリエ ドゥ バレエの先輩でワガノワバレエ学校の先輩でもあります。彼女の背中を見て僕も世界への道へと憧れました。


私もベルリンに住んでいたので菅野さんの舞台は見たことがあります!

お話を聞けるのが楽しみです!


というわけで、次回のダンサーの宝箱は、ベルリン国立バレエ団で活躍する菅野茉里奈さんです!



おたのしみに!!





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# by Dancerstakarabako | 2017-09-25 23:19 | Comments(0)

藤井彩嘉さん 再インタビュー!

以前ご紹介したダンサーのその後をお知らせする、あのダンサーは今シリーズ。
7月にアップしたかった記事を今頃アップします。

みなさん、ごめんなさい105.png



3年前、2014年の7月にインタビューしたハンガリー国立バレエ団藤井彩嘉さんに再インタビューしました。

ちょうど3年たった今、2017年は彼女はどこでどうしているのでしょうか?

彩嘉さんの2014年の記事はこちらから。


まず、ハンガリー国立バレエ団のホームページを見てみます。

あら、、いない。

ということで聞いてみると、ハンガリーからシュツットガルトバレエ団へ、そして来シーズン(もう始まるので今シーズンですね)からプラハ国立バレエ団に行かれるそうです113.png

これはいろいろ聞きたいですね。



3年前のダンサーの宝箱で、

「オファーを受けた3箇所のバレエ団の中からハンガリー国立バレエ団を選ばれた理由は何ですか?」

という質問に、


"オペラ座の内装の美しさに感激したことが一番の理由です。

これは後でわかって驚いたことなのですが、ハンガリーのオペラ座の天井画をどこかで見た感じがし、もしや?と思って確認したところ、それは小さい頃に出た発表会のパンフレットの表紙に毎年使われていたのです!さらにそのパンフレットの裏表紙に「Dream… become true(叶う)」とかかれてあり、これに私はどこか縁を感じました。"


と答えていらっしゃいました。

まるで引き寄せられたかのようなハンガリーバレエ団との出会いでしたが、実際にそこでダンサーとして働かれていかがでしたか?


ハンガリー1年目は少し大変でした。バレエ学校とは全く違う生活、バレエ団のダンサーは一人一人と話せば優しく接してくださいましたが、その時のバレエ団はハンガリー語とロシア語が話せない外国人はいませんでした。私は英語しか話せず、バレエ団内最年少だったこともあり、初めは少し戸惑いました。 次の年からは年齢が近い子や、バレエ団内外の友達も増え、舞台で良い役を踊る機会も少しずつ増え始めソロを舞台の真ん中で踊らせていただいた時は本当に嬉しかったです。



シュツットガルトへ移籍されたのはいつですか?



シュツットガルトには20161月に末にオーディションにいき、2月に移籍しました。



2014年、3年前の藤井さんの今後の夢は、


"今はまだコールドなので大きい役を踊る事がありませんが、いつかバレエを見にきた人にあの人の踊りをもう一度みたいと思われるダンサーになりたいです。"


というものでした。

3年経過してみて、ハンガリーバレエ団、シュツットガルトバレエ団でのダンサー生活を経験し、いかがですか? 

夢には近づけたでしょうか?



ハンガリーは学校上がりの私を強くしてくれた場所だと思います。その後、シュツットガルトに移籍し、初めてのソロがジョンクランコ振り付けのinitialenという作品でした。 シュツットガルトという数々の有名ダンサーを輩出している舞台で自分がソロを踊れると思ってもいなかったので本当に嬉しかったです。

今年の四月に舞台での公開レッスン中に足の腓骨を完全骨折してしまい、手術をしました。この夏からチェコのプラハ国立バレエ団に移籍することが決まったあと直ぐに起きた事なので不安で仕方がなかったですが、シュツットガルトの友達にも支えられ、今もう直ぐ始まる新天地に向けてリハビリ中です。

シュツットガルトで最後色々なことががあり、たくさん笑い、泣きましたが、3年前から少しは前に進めたのではないかなと思います。

が、初めての大怪我もあり夢に近づけたと言えるほど満足のいく3年間ではないので、これから3年後もし振り返る機会がありましたらその時はもっと近づければいいなと思います。




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シュツットガルトで始めてソリストを踊った後に



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マルコゲッテの新作、Lucid dreamを踊ったとき





このブログは、海外のバレエ団に入りたい!そう思ってがんばっている方が多く見てくれていると思います。

このインタビューで、バレエ団に入るという夢をかなえた瞬間、まさにその瞬間からダンサー生活という新たなスタートに立つんだなということがよくわかります。夢をかなえた瞬間に燃え尽きてしまった、というお話もよく聞きます。夢にまで見たバレリーナ生活はあまりにも過酷だったということもよく聞きます。 特にバレエ団1年め、本当に大変だと思います。それでもそこを乗り越えたとき、その1年の経験は経歴となって、その後の移籍であったり、ソロ活動であったり、バレエ団生活であったりを助けてくれます。このバレエ団1年生活があるのとないのとでは、オーディションに受かる確率から違ってきます。がんばった証は経歴となって残ります。ゴールにたどり着けば、また新たなスタートが待っていますね。



彩嘉さん、3年後、またお話を聞かせてください!101.png



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# by Dancerstakarabako | 2017-08-21 23:56 | あのダンサーの今 | Comments(0)

田村ゆりさん、再インタビュー!

今回は以前ご紹介したダンサーのその後をお知らせします。

記念すべきダンサーの宝箱第1回目に出てくれた、ドイツ・フレンスブルグ歌劇場田村ゆりさん。
2013年のインタビューのときは研修生という立場で、今後の夢は?という質問に、
「契約ダンサーの席をつかむこと。 練習を続けてよりよいダンサーになれるよう日々修行中。」
と答えていました。

2017年、今はどうしているのでしょう。

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劇場ホームページにゆりちゃんの写真があふれている!
主役を踊っている!!146.png146.png146.png146.png


ゆりちゃん、もしや夢かないましたか?101.png162.png


一年間研修生をして、その後ゲストダンサーとして雇っていただき、2015年の2月に正団員の契約をいただけました。


ジャングルブックの主役の座もつかんだんですね!


今回ジャングルブックの主役に選んでいただけたのは、私がカンパニーの中でモグリ(主役の少年)のイメージに近かったからです。

(背も高くないのでアクロバットなリフトが色々できるのもポイントでした)

うちのカンパニーはダンスの技術はもちろん必要ですが、ダイレクターは技術よりも表現力やキャラクターに当てはまるかということを重視するので。

プレミエの一年くらい前に、来シーズンジャングルブックで主役やるから準備しておいてね!とダイレクターに言われました。

その時はあまりにも先の事なので楽しみだったし嬉しかったけれど現実味が薄かったというか(^^;


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2013年のインタビューから4年の歳月が流れ、「契約ダンサーの席をつかむこと。 練習を続けてよりよいダンサーになれるよう日々修行中。」
という夢をきっちり叶えた田村ゆりさん。

夢は必ず叶うというわけではないけれど、叶えるために努力を惜しまない人はやっぱり成功している気がします。
2013年のインタビューで、読者の皆さんへのメッセージは?と聞かれ、
「私より才能のあるダンサーは山ほどいますし、美しいダンサーも星の数ほどいますが、今の環境を手に入れることができたのは途中でやめずに続けてきたからです。
若いダンサーの卵たちには前向きに、がむしゃらに、ひたむきにがんばってほしいです!」

と答えています。
今目の前にあることは何らかの形で必ず将来役に立つもの。
ひとつひとつに真摯に立ち向かっていける人はすごいなあと思います。

夢がかなった例をひとつご紹介してみました。
今がんばっているみなさんの心にも届けばと思います。

ゆりちゃん、これからも応援しています!
がんばって!169.png166.png

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# by Dancerstakarabako | 2017-06-21 17:25 | あのダンサーの今 | Comments(2)

Vol.40 Takatoshi Machiyama Republic of Belarus

今回のダンサーの宝箱はベラルーシ国立ボリショイ劇場バレエ団で活躍する待山貴俊さんです。

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約110人のダンサーが所属しているというベラルーシ国立ボリショイ劇場バレエ団には3名の日本人ダンサーがいるそうです。
(1名は研修生)



どのようなバレエ団でしょうか?

主にクラシックバレエがメインで、ベラルーシのオリジナルのバレエや、旧ソ連的なスタイルの全幕バレエもあります。最近はコンテンポラリーのレパートリーも少しずつですが、増えてきていてかなり多くのレパートリーがあると思います。


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一日のスケジュールを教えてください。

朝の10時から約1時間のクラスを受けます。その後、公演がある日は11時から13時まで全体リハーサル、その後自由時間で19時から公演です。日曜日だけは18時からの公演です。

公演がない日は、朝のクラスの後、リハーサルスケジュールに書かれた自分のダンサーとしてのリハーサルをしたり、アシスタントバレエマスターとして指導する側のリハーサルをこなします。



どのようにして今のお仕事の夢をつかみましたか?

今の仕事はワガノワに留学している頃に、日本で知り合ったベラルーシ人ダンサーに、まだ仕事が決まっていないのであれば、一度クラスを受けに来てみないかと声をかけてもらい、ベラルーシにクラスを受けに行って、そこで芸術監督からソリストでと誘っていただきました。


それはすごいですね!10代のころのお話ですよね?

今のカンパニーに入って何年たちますか?

19歳の頃の話しです。今6年目のシーズンを過ごしています!


オーディションはありましたか?

一般オーディションのようなものはなく、ここの学校の生徒は卒業試験がオーディションのようなもので、それ以外はプライベートオーディションのような感じで、自分で連絡を取って受けに来ています。



ワガノワに留学されていたのですね。

ワガノワ・バレエ・アカデミーに3年間留学していました。



ワガノワに留学するきっかけは何ですか?

ワガノワに行った理由は、ミハイル・バリシニコフのドン・キホーテのDVDを見たのがきっかけです。他のすごいダンサーも色々見ましたが、バリシニコフほど洗練された動き、音楽性、芸術性、存在感…色々と他のダンサーとは次元の違うレベル人だと思い、彼が学んだ学校で正しいバレエを学びたいと思い、行く事にしました。


バリシニコフのドンキ!101.png162.png私も何度見たかわかりません。

ちなみに、バリシニコフとフェリが出ているダンサーという映画があったのですが、それが私がバレエを始めたきっかけです!笑

待山さんのバレエを始めた切ったけは何ですか?男性ダンサーの場合は特に聞きたくなります。

バレエを始めたのは、僕は覚えていないのですが、お姉ちゃんのバレエについて行って、自分もしたいと親にお願いしたみたいです!全く覚えてないんですがw


ご自身の成功の鍵はなんだったと思いますか?

まだまだ成功したとは思っていないので、なんとも言えないのですが、僕の場合は色々な方との出会いや、僕が卒業したタイミングでうちの劇場がたまたま僕のようなダンサーを探していたという幸運が、色々重なっていたので、僕は運に恵まれている方だと思います。


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自分の何が今のカンパニーにマッチしたのだと思いますか?

この劇場ですぐに受け入れられたと言う感じではなく、最初は受け入れられなかった感じがすごくありました。日本人どころか外人がいないカンパニーなので、よそ者と言う感じは正直すごくありました。最初の12シーズンくらいは、誰かが抜けたらそこにキャスティングされるくらいでした。その状況がすごく悔しくて、とにかく全ての役の振り付けを覚えて、何かあればチャンスが自分に来るようにアピールしたりしていました。評価が変わり出したのは、カンパニーがツアーに行く寸前に怪我人が出て、その人の代わりにツアーに行く事になり、またツアー中に怪我人が続出して、踊ったことのない役を色々とこなしたりしました。うちの劇場だけかもしれないのですが、とにかくよく怪我人が出て、変わりをできる人がなかなか見つからないと言う状況がよくあり、僕としては聞こえは悪いかもしれないけど、それを利用して、僕は怪我しないで、とにかく多く役を演じれるオールラウンドなアーティストになろうと考えました。マッチしたと言うよりマッチさせたと言うような感じかなとおもいます。



ロシアの学校に留学された方はみなロシアに魅せられて、その後の進路もロシア一本という方が多いように思います。なぜなんでしょう。

ヨーロッパに留学している方々は、その後の進路がほんとにばらばらなんですよね。オーディションもあちこち行かれていますし。待山さんもやはり働くならロシア!ですか?

僕は全くそう言うこだわりはありません。むしろ僕も嫁も欧米や北米にチャレンジしたいと思っています!もちろんロシアスタイルの伝統あるバレエ、キャラクター系のバレエを愛しています。しかしガラやツアーなどで、ヨーロッパやアメリカをはじめ、世界中のダンサー達と関わるたびに、いつも彼らの自分にはない自由な発想や感覚、仕事だけの話ではなく、プライベートなところも含めて色々いい意味で驚かされます。自分が見たことがない世界が、まだまだいっぱいあるでしょうし、もっと色んなものを見たいし、色んな事に挑戦したいと思っています。いつになるかはわからないけど、すごく興味を持っています。


奥様はロシアの方ですか?

嫁はウクライナ人で、うちの劇場のプリマです。


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日本で踊ることと海外で踊ることの違いは何だと思いますか?

やはり公演回数かなと思います。うちの劇場では年間に100公演以上あり、僕はその全ての公演に出ているわけではありませんが、それ以外にも劇場のツアーや、ゲスティング、ガラコンサート等を含めればかなり多くの舞台に立たせてもらえています。そこが海外で踊ることの最大のメリットの一つと思います。



ダンサーとして思い出に残っている仕事は何ですか?

そうですね。もちろん色々あるのですが、去年の夏にプロになってから初めて日本で踊る機会をいただけ、新国立劇場で踊らせてもらえたのはすごく思い出に残るものでした。もちろん日本で踊りたいという気持ちが強かったのもありますが、留学する前に日本で最後に踊って以降、生で僕の踊りを見たことがなかった家族に、やっと見てもらえたというのですごく思い出に残るものになりました!!

またつい最近のことなのですが、くるみ割り人形で王子を踊らせてもらったことです。僕は背も大きく無いし、東洋人ですし、僕の中でうちの劇場で王子を踊ることは無いと思っていたため、監督からキャスティングを告げられた時は本当に驚きました。

今まで踊って来たどの踊りとも違う、動きや立ち姿で王子の品格を表現しないといけなく、またデュエットも難しいものが多く、僕のキャリアの中では1番難しい役でしたが、そのプロセスの中でまた新しい発想や、仕事に対する新しいアプローチの仕方などを見つけることができ、とても思い出に残る仕事になりました。



大切にしている宝物は何ですか?

学生の時に、僕の恩師“ボリス・ヤコブリェヴィチ・ブリグワーゼ”にもらったお守りがあります。なんのお守りかはよく知りませんが、僕の中で勝手に守り神か何かのお守りとしていつも、仕事の時は持ち歩いています。

何度か濡れてしまったりして、汚くなってしまっているのですが、恩師が亡くなる前に最後に頂いたもので、彼がいつも見守ってくれているような気がし、舞台に出る時、踊りの調子が悪かろうが、体調が悪かろうが、リハーサルが少なくて不安であろうが、どんな時も勇気をもらえます!



待山さんの次の夢は何ですか?

難しいですねw色々ありますが、大きな夢では、もっと色々な人や国、劇場で見たいと思ってもらえるような、唯一無二の魅力のあるダンサーになりたいと言うことです。それはまだまだ発展途上なので次と言うのはまだ浮かびません。バレエ以外の夢だとしたら、車の免許を取りたいとか、いつかロンドンに行ってファンのアーセナル(ロンドンを拠点にするフットボールクラブ)の試合を見に行ったり、モナコにF1を見に行きたいとかですかね!!


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皆さんにお知らせしたいことがあればぜひ!

この夏、大阪でいくつかの舞台に出させていただきます。

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僕の姉がやっている“バレエスクール・エクラ”という小さなバレエスタジオの初めての発表会があり、それに出演します。僕の友達の国内外で活躍するダンサー達にも協力してもらって、子供に夢を見てもらえるような舞台にしたいと思っています。

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僕がバレエを始め、留学するまでの間8年間お世話になった野間バレエ団の50周年記念公演“ドン・キホーテ”にエスパーダ役で9年ぶりに出演させて頂きます。

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MRB バレエスーパーガラ 2017で法村珠里さんと海賊の一幕より“パ・ド・スクリャフ”を踊らせてもらいます。

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野間バレエ、MRB、法村珠里さん、聞きなじみのありすぎるお名前ばかりです。私も夏に帰国するのでぜひ見に行きたいです!162.png



たくさんお話を聞かせていただきありがとうございました!

次回のダンサーの宝箱のバトンを受け取ってくださるのはどなたでしょうか?

次のバトンはジョージア国立バレエで活躍する、高野陽年にバトンを渡したいと思います。彼とはワガノワ留学時代に3年間苦楽を共にした友であり、最も尊敬するダンサーの一人です。


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というわけで、次回のダンサーの宝箱はジョージア国立バレエ高野陽年さんです!

お楽しみに!!



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# by Dancerstakarabako | 2017-06-01 07:41 | Comments(0)

第3回インターナショナルバレエコンクールSPERA2017

第3回インターナショナルバレエコンクールSPERA2017開催まで約1か月となりました。


ドイツでスイスでチェコで、今はそれぞれの場所で子供たちが1分1秒を惜しんで練習に励んでいるでしょう。

一人の教師として、その子供たちの努力が実を結び、心躍る瞬間をたくさん経験し、表情も感情も豊かな自信に満ち溢れた大人になってくれたらと思います。


インターナショナルバレエコンクールSPERAは2015年に私がドイツで立ち上げたコンクールです。

夢に近づくヒントになればと思いダンサーの宝箱を書き始め、

過酷な練習の中にも楽しさを見つけられたらとレオタードの販売を始め、

生徒も教師も同じ境遇の人と出会い、刺激しあうことで高めあうことができればとコンクールを始めました。

新しいことをするにはパワーが必要です。

逆に新しいことをはじめればパワーが出ることも確かです。

いわゆる「生き生きしてる」ってやつです。

ローザンヌが今年で45回目、、かな。

SPERAは3回目。まだまだだけれど、追いつけるようがんばります!

そして、いつかこのブログを読んでくださっている方がコンクールに出てくださるようになり、

世界に羽ばたき、後にダンサーの宝箱のインタビューをさせていただくまでになったら素敵だなあと思います。



少しずつでも賛同していただける方が増えたらと思います。

本日よりクラウドファウンディングによるコンクール支援が始まりました。
少しでもお気持ちに届きましたら、ご支援いただけるとうれしいです。

よろしくお願いします。
インターナショナルバレエコンクールSPERA2017支援サイト ↓↓↓




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# by Dancerstakarabako | 2017-04-21 06:11 | SPERA | Comments(0)